蕨 機まつり2015
- 2015/08/07
- 22:24
群馬県邑楽郡大泉町の安野由美ピアノ教室です (*^_^*)
着物着付け教室も併設いたしております
埼玉県蕨市の蕨機まつりが開催されています

蕨駅の東に塚越稲荷神社(機神社)
駅の西側が 機まつり(七夕まつり)の会場になっています
塚越稲荷神社

機神社・高橋新五郎遺跡 (塚越稲荷社境内に鎮座する末社)

神社境内などに 本殿の外に「摂社」と「末社」と呼ばれるものがありますが
摂社とは「祭神」が本殿の「主祭神」と親子などの関係にあるもの
末社は 系譜は別系統ですが様々な事情で祀られているものです
蕨(わらび)は江戸時代の終わりころから昭和30年代まで綿織物業が盛んで
蕨の機(はた)織りの先覚者である「高橋新五郎翁」を機神様として祀っています
新五郎翁は、文政9年(1826)7月7日の霊夢のお告げにより
それまでの高機に改良を加え「青縞」を織り始めたところ
江戸の市場を圧倒する程の人気を得ました
その後、普段着などにする「双子織(ふたごおり)」を世に出し、
綿織物生産地・蕨は、全国的に知られるようになりました
7月7日を機業創始の日として、
同業者が集まってお祭りをするようになりましたが、
当時の町長・故高橋庄次郎氏はこれを町全体の祭りとしてとり上げ、
織物業はもちろん町全体の産業の発展を願い、
昭和26年7月7日「第一回機まつり」が盛大におこなわれました
今年で65回を数えます
色々な織物を目に致しますが
蕨の木綿は目にしたことがありませんでした
「蕨市立歴史民俗資料館」は、蕨市の宿場と織物について展示しています
蕨市の特産品である綿織物業の資料や
手織り機時代の織機や道具類を紹介しています

高橋新五郎の高橋家には4冊の縞帖が伝わっています
そのうちの一冊が展示してありました

木綿は庶民の日常着であり 着物として残っていないのが残念です
縞帖を見ると柔らかく肌になじむ織物の様に感じました♫

着物着付け教室も併設いたしております
埼玉県蕨市の蕨機まつりが開催されています

蕨駅の東に塚越稲荷神社(機神社)
駅の西側が 機まつり(七夕まつり)の会場になっています
塚越稲荷神社

機神社・高橋新五郎遺跡 (塚越稲荷社境内に鎮座する末社)

神社境内などに 本殿の外に「摂社」と「末社」と呼ばれるものがありますが
摂社とは「祭神」が本殿の「主祭神」と親子などの関係にあるもの
末社は 系譜は別系統ですが様々な事情で祀られているものです
蕨(わらび)は江戸時代の終わりころから昭和30年代まで綿織物業が盛んで
蕨の機(はた)織りの先覚者である「高橋新五郎翁」を機神様として祀っています
新五郎翁は、文政9年(1826)7月7日の霊夢のお告げにより
それまでの高機に改良を加え「青縞」を織り始めたところ
江戸の市場を圧倒する程の人気を得ました
その後、普段着などにする「双子織(ふたごおり)」を世に出し、
綿織物生産地・蕨は、全国的に知られるようになりました
7月7日を機業創始の日として、
同業者が集まってお祭りをするようになりましたが、
当時の町長・故高橋庄次郎氏はこれを町全体の祭りとしてとり上げ、
織物業はもちろん町全体の産業の発展を願い、
昭和26年7月7日「第一回機まつり」が盛大におこなわれました
今年で65回を数えます
色々な織物を目に致しますが
蕨の木綿は目にしたことがありませんでした
「蕨市立歴史民俗資料館」は、蕨市の宿場と織物について展示しています
蕨市の特産品である綿織物業の資料や
手織り機時代の織機や道具類を紹介しています

高橋新五郎の高橋家には4冊の縞帖が伝わっています
そのうちの一冊が展示してありました

木綿は庶民の日常着であり 着物として残っていないのが残念です
縞帖を見ると柔らかく肌になじむ織物の様に感じました♫
